2007年 05月 11日
AMA NO YACHIMATA |
十六日からの梅田大丸でのしつらい展、メインシンボル用のPOPができた。
以下の通り。
『サルタヒコがアメノウズメを迎えたという天の八衢(やちまた)をイメージしてシンボルをつくりました。衢(ちまた)とは分かれ道のこと。サルタヒコはここにいて、アチラの世界とコチラの世界を調停したり、迷い込んできた者を導いてくれる神です。願わくば、敵−味方、善−悪、貴−賎、聖−俗、生−死、それらすべての対立概念を乗り越えて、新しい道をひらき、我々を正しく進むべき方向へと導いていただきたいものです。
でも彼ならばそれを大らかに、笑いながら、時にはおどけながら、こともなげにやり遂げてくれそうな気がするのです。なぜならば彼には神妻アメノウズメの子孫、猿女(さるめ)の君たちがいつも寄り添っていて、いつでも明るく歌を歌い、舞を舞っているからです。そして彼女らの手にはやっぱり天の香山の小竹葉(ささば)が握られていると思うのです。
草のようでもあり木のようでもある、強靱でもありしなやかでもあるという中間者的な存在である竹こそが、彼らがまします天の八衢を表現するのにふさわしいと思ったゆえんでした。』
以下の通り。
『サルタヒコがアメノウズメを迎えたという天の八衢(やちまた)をイメージしてシンボルをつくりました。衢(ちまた)とは分かれ道のこと。サルタヒコはここにいて、アチラの世界とコチラの世界を調停したり、迷い込んできた者を導いてくれる神です。願わくば、敵−味方、善−悪、貴−賎、聖−俗、生−死、それらすべての対立概念を乗り越えて、新しい道をひらき、我々を正しく進むべき方向へと導いていただきたいものです。
でも彼ならばそれを大らかに、笑いながら、時にはおどけながら、こともなげにやり遂げてくれそうな気がするのです。なぜならば彼には神妻アメノウズメの子孫、猿女(さるめ)の君たちがいつも寄り添っていて、いつでも明るく歌を歌い、舞を舞っているからです。そして彼女らの手にはやっぱり天の香山の小竹葉(ささば)が握られていると思うのです。
草のようでもあり木のようでもある、強靱でもありしなやかでもあるという中間者的な存在である竹こそが、彼らがまします天の八衢を表現するのにふさわしいと思ったゆえんでした。』
by konchikusho
| 2007-05-11 07:12
| 制作